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札幌高等裁判所 昭和26年(ネ)221号 判決

控訴人 岡田利夫

被控訴人 商船管理委員会 承継人

訴訟代理人 林倫正 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一申立

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求は棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

第二被控訴人の事実上の陳述

(請求の原因)

一(一)  北海道移出木材林産組合(以下、移出組合という。)は、昭和二二年二月頃、北海道産木材を道外に移出する道内木材業者を組合員として設立された法人で、これら組合員のために木材の移出等をなすことを主たる業務とした。

(二)  右移出組合は、業務目的に従い、組合員であつた控訴人から道産材移出の委託を受け、昭和二二年五月二二日から昭和二四年六月五日までの間に、訴外船舶運営会(昭和二五年政令第三八号、「国家総動員法及び戦時緊急措置法を廃止する法律の一部を改正する等の政令」〔昭和二五年三月二七日公布〕により、昭和二五年四月一日、「商船管理委員会」と改称された。)を通じ、各運送業者をして輸送させ、その輸送に要した船運賃、船舶諸掛金、組合員分担金、保険料等を控訴人のために立替えて支払つたが、右立替金のうち、七十六万六千六百八円五十三銭について、控訴人は、これを昭和二四年六月末日までに移出組合に支払うことを約しながら、支払わなかつた。

(三)  右未払立替金の内訳は、次のとおりである。

(1) 釧路港湾積

昭和二四年三月九日出帆 十勝山丸の分の残金 七四、二八六円九〇銭

同年四月一〇日出帆   真盛丸の分    二四二、三九八円八九銭

同年五月一六日出帆   真盛丸の分    一一二、四二六円六二銭

同年六月五日出帆    真盛丸の分    二二六、八三九円八〇銭

(2) 小樽港湾積及び沿岸積

昭和二四年五月二五日出帆 時津丸の分 一一〇、六五六円三二銭

(昭和三〇年六月二二日付準備書面中、右時津丸の分につき「昭和二三年」とあるは、「昭和二四年」の誤記と認める。)

合計 七六六、六〇八円五三銭。

(四)  しかるところ、訴外移出組合は、昭和二五年中、控訴人に対する右立替金債権を、前記商船管理委員会に譲渡したので、同年一二月九日付でその旨控訴人に通知し、その通知は、翌一二月一〇日、控訴人に到達した。そして、右商船管理委員会は、昭和二七年法律第二四号「商船管理委員会の解散及び清算に関する法律」(昭和二七年三月三一日公布、同年四月一日施行。)によつて解散し、同法第一一条の規定に基く昭和二七年運輸省告示第二九六号(昭和二七年九月二七日告示。)第一二条により、昭和二七年九月二七日、被控訴人国おいて右委員会のもつていた本件立替金債権を承継したので、ここに控訴人に対し未償還立替金七十六万六千六百八円五十三銭及びこれに対する、訴状送達の翌日である昭和二六年一二月六日から完済に至るまで、年五分の割合により遅延損害金の支払を求める。

(商法第五〇四条を理由とする予備的請求原因)

二、仮りに控訴人が、当初は訴外北海木材組合(独立の人格を有する法人ではなく、単なる民法上の組合にすぎないが、その点は暫く措く。)の代理人であり、引き続き訴外山王木材株式会社(以下、山王木材という。)の代理人であつたとしても、訴外移出組合の組合員となるべき加入手続を控訴人自らなすにあたり、単に「北海木材組合岡田利夫」なる名称を表示したのみで、なんら訴外北海木材組合のためにすること、同組合を代理する資格のあること表示せず、移出組合に予納すべき船運賃、船積諸掛金等の納付はもとより、船舶の割当申請、個別的傭船の申請等すべて移出組合に対してなす行為については控訴人の名においてしていたので、移出組合においては、控訴人から委託を受けた業務は控訴人個人との取引として債権債務を処理してきた。また、訴外北海木材組合が昭和二三年一一月頃消滅し、山王木材がこれを引きついだのちも、組合員としての名称変更手続をせず、控訴人において、爾後、山王木材のためにすること、ないしは、山王木材の代理人たる資格を表示することもなく、従来どおりの控訴人個人の名において運賃、諸掛金等を支掛つてきたし、山王木材からもまた移出組合に対して、控訴人を代理人とする旨の意思表示がなかつた。したがつて移出組合としては、本件建替金契約の当事者が山王木材であり、控訴人がその山王木材のために取引していることを知り得なかつたのである。しかして、移出組合と控訴人との輸送に関する取引行為は商行為であるから、被控訴人は商法第五〇四条に基き、山王木材の代理人である控訴人に対し、本件債務の履行を求める。

(債務引受を理由とする予備的請求原因)

三、仮りに以上の主張が理由なく、本件立替金の支払債務者は訴外山王木材であるとしても、昭和二五年一月三一日(甲第一、二号証作成の日。)、移出組合と控訴人との間に、訴外山王木材の負担する本件立替金支払債務を、控訴人においても重畳的に引き受ける旨の契約が成立しているので、控訴人に対し、支払を請求する。

(抗弁に対する答弁)

四、なお、控訴人主張の抗弁事実は、すべて争う。控訴人主張の山村丸分諸経費の支払関係は次のとおりである。すなわち、昭和二二年八月頃、移出組合は控訴人からの個別的傭船申込により、船舶運営会に対し、船舶一隻の割当申請をしたところ、控訴人の希望する積荷八千石程度に相当する屯数の船が払底していて割り当ててもらえなかつたので、移出組合は控訴人の承諾を得たうえ、希望屯数よりも大きい山村丸(約一万八千石積のもの。)の割当を受けて控訴人に配船した。ところが、船運賃は積荷の量如何にかかわらず船舶の屯数によつて支払わなければならなかつたので、控訴人は、自己の負担軽減のため余裕船腹の利用法を考慮していたところ、たまたま訴外遠軽地区木材林産組合(以下、遠軽地区林産組合という。)と訴外中野誠三なる者とが道産材移出を希望していたので、控訴人は、自己の責任において、右訴外人両名に余剰船腹を利用させたものである。移出組合は、控訴人の要請に基き、控訴人のために船舶運営会に配船割当の申請をしたのであつて、移出組合自身が右訴外人等に対し船舶割当のあつせんをしたこともなく、また一旦、ある人のために配船割当があつたのちは、現実に船腹を利用した者が誰であるかは移出組合の関知しないところである。したがつて、山村丸に関する諸経費は、すべて控訴人の負担すべきものであるから、これを控訴人の前渡金から差し引いたことは、移出組合として当然の措置である。

五、なお、控訴人の自白の取消については異議がある。

第三控訴人の事実上の陳述

(請求原因及び予備的請求原因に対する答弁)

一、被控訴人主張の請求原因及び予備的請求原因事実中、控訴人が被控訴人主張のように債権譲渡通知を受領したことのみは認めるけれども、その他の事実はすべて争う。

(自白の取消)

二、控訴人は、昭和二六年四月三日の原審口頭弁論期日において、本件立替金支払についての債務者は控訴人自身である旨自白したが、右は事実に反し、かつ、錯誤にでたものであるから、これを取り消す。

(積極否認)

三、(一) 本件立替金支払に関する契約の当事者は控訴人ではなく、訴外山王木材である。すなわち、控訴人自ら訴外移出組合に加入したことはないし、また、被控訴人主張の頃(昭和二二年五月から昭和二四年六月までの間。)、控訴人個人で木材業あるいは道産材移出に関する業務をしたことはない。控訴人は、最近、昭和三一年一〇月二二日頃、ようやく独立して木材業を営むに至つた者である。昭和二二年五月頃は、控訴人は訴外北海木材組合の札幌事務所主任として同組合を代理して道産材の買付、移出組合への加入及び同組合との道産材内地移出に関する取引をしたのである。北海木材組合は昭和二四年一月か二月頃解散したが、その前年、昭和二三年末頃設立された山王木材が右組合の債権、債務を包括的に承継して事業を継続したので、控訴人は、昭和二四年一、二月頃からは訴外山王木材の札幌事務所主任となり、同会社を代理するこになつた。しかして、移出組合は、控訴人が北海木材組合の代理人であつたこと及び引き続き訴外山王木材の代理人となつたことを熟知していたのである。したがつて被控訴人の請求に応ずる義務がない。

(二) また、控訴人は、訴外山王木材の立替金支払債務を被控訴人主張のように引き受けたこともない。甲第一、二号証の債務確認証に控訴人の名において署名押印したのは、同証作成の日、すなわち昭和二五年一月三一日頃(当時、訴外移出組合は解散して清算中であつて。)移出組合の清算事務に従事していた同組合職員安部安清から、自分の転職先が決定したからなるべく早く転職したい、ついては早く清算事務を結了したい、組合の清算をつけるだけの書類で、もともと控訴人の債務でないから控訴人に責任をもたせる書類でない、と言われて、求められるままにしたに過ぎない。

(弁済の抗弁)

四、仮りに被控訴人において主張するとおり、控訴人が本件立替金の支払債務者であるとしても、被控訴人の請求金額中、七十四万四千三十八円六十四銭は、すでに支払済みである。控訴人は被控訴人に対し、二万二千五百六十九円八十九銭の支払義務あるに過ぎない。詳述すれば、次のとおりである。

被控訴人主張の船積諸掛金、船運賃、分担金(組合員としての組合費分担金。)保険料等を、訴外移出組合が委託者のために替つて支払つた場合には、その都度委託者において償還するものではなく、委託者が前もつて移出組合に差し入れて置いた前渡金からこれを差し引き、取引順に決済することになつていた。

しかして、昭和二二年八月二九日北見国佐呂間港出帆の山村丸は、控訴人、訴外中野誠三、訴外遠軽林産組合の三者が共同で移出組合を通じて配船を求めた船であつて、同船に積み込まれた木材のうち七千九百四十六石は遠軽林産組合が同港において積荷し、東京芝浦に輸送した松丸太である。したがつてその分に対する船運賃、諸掛金等、合計九十四万四千三十八円六十四銭は、すべて同組合において負担すべきものであるのにかかわらず、移出組合は一方において遠軽林産組合からそのうち二十万円の支払を受けておきながら、残余の七十四万四千三十八円六十四銭を、何んら控訴人の承認を得ることなく、控訴人の前渡金から差し引いてしまつている。右は、明らかに不当な措置で、右金員は、当然控訴人の残存債務の弁済に充当せらるべきものである。したがつて、被控訴人主張の七十六万六千六百八円五十三銭から右の金員をすでに弁済したものとして控除すれば、残債務は、二万二千五百六十九円八十九銭に過ぎない。よつて、被控訴人の爾余の請求は失当である。

第四証拠関係〈省略〉

理由

(北海道移出木材林産組合の業務について)

一、成立に争いのない甲第五号証の一、二、乙第一四号証及び当審証人山田幸太郎(第二回。)、松倉真澄(同上。)、江口貫次、原審並びに当審証人安部安清の各証言を総合すると、

訴外移出組合は、北海道移出木材統制組合の後身で、組合員相互扶助により道産材の円滑な道外向移出に寄与することを目的として、昭和二一年二月に設立され、事務所を小樽市に置き、道内各地に出張所を設けていた法人で、道産材の道外向移出を行う木材業者を組合員とし、各組合員から維持費として分担金を徴し、かつ、組合員のために移出業務を行つた場合にはその量に応ずる手数料を徴収する定めであつたこと及び当時は木材の輸送が統制下に置かれていたため、輸送委託については、委託者は、所管官庁が発行し、かつ、農林省北海道資材調整事務所において登録された割当証明書と出荷証明書とを所持することを要し、移出組合は、これらの割当証明書の登録手続及び出荷証明書の交付を受ける手続の代行業務をも行つていたこと、そして、組合員からの要請があれば、移出組合の名において船舶運営会に対し配船を申請し、定期船もしくは特定傭船の割当があれば委託者にこれを割り当て、かつ、委託者のためにその木材を船積みし、輸送する業務を行つていたことが認められる。他に右認定を覆す証拠はない。

(本件立替金支払契約の内容)

二、そして、成立に争いのない甲第五号証の一、二及び乙第二号証の一から四まで、原審証人安部安清、村上亨一、当審証人山田幸太郎(第一回。)、高木唯雄の各証言を総合すれば、

移出組合は、委託者から木材移出に関する業務の委任があつたときは、前もつて委託者に費用を予納させ、移出に関する業務に伴い船舶運営会に支払うべき船運賃、荷役業者に支払うべき諸掛金(艀賃、仲仕賃、船積陸下賃等。)、保険料、組合徴収の手数料等は、これを右予納金から差し引き、委託者に代つてそれぞれの業者等に支払うことを原則としていたが、本件の場合においては、継続的な取引として、その都度、経費の予納があつたわけではなく、輸送経費よりも予納金が少なければ、その不足分は移出組合において立替払をし、かつ、次の納付金から取引順序に従つて未払立替金に充当する方法によることとし、移出組合と控訴人との間で、そのように了解承認されていたことが認められる。右認定に反する、当審における控訴本人の供述部分は措信し難いし、他にこれを覆すに足る証拠はない。

もつとも、未払立替金支払の期限につき、被控訴人は昭和二四年六月末日であつたと主張するけれども、この認めるに足る証拠はない。しかし、上掲各証拠によれば、移出組合の受託専務終了後、移出組合から請求のあり次第、支払うべき約であつたことが認められる。

(本件契約の当事者について)

三、しかし被控訴人は、本件立替金について、移出組合と上叙のような契約をした当事者は、控訴人自身であると主張し、控訴人は、しからずして訴外山王木材なりと抗争するので、この点について判断するに、

成立に争いのない乙第三号証の一、二、第四号証の一から四まで、第一〇、第一二、第一五号証及び甲第五号証の一、二、控訴本人尋問の結果によつて成立を認めうる乙第五号証、第六号証の一から八まで(同号証の六及び八は各一、二。)、第七号証の一から六まで、第八号証の一から一〇まで、第九号証の一、二、第一六号証、当審証人山田幸太郎の証言(第二回。)によつて成立を認めうる乙第一三号証並びに当審証人西出末司、土居曽佑吉、高木唯雄、中村忠夫、杉森新八郎、安部安清、村上亨一、江口貫次、岡田勝利の各証言、控訴人岡田利夫(第一、二回。)尋問の結果を総合すると、

控訴人は、昭和二二年中、訴外移出組合に組合員として加入するに当り、「北海木材組合駐在員岡田利夫」、住所は「札幌市白石一条二丁目」として登録したこと、北海木材組合とは北海道木材代行組合と称していたこともあるが大阪府地方木材株式会社の北海道材部の部員が何人か集つて出資し、大阪府地方木材株式会社の北海道材部の部員が何人か集つて出資し、昭和二〇年九月頃、できたもので(法人であつたか、あるいは単なる民法上の組合であつたかについては、これを明らかにする証拠がない。)、事務所を大阪市に置き、その名において北海道材の買付、販売を行つていたこと、控訴人の実兄である訴外岡田勝利外一名(当審証人岡田勝利の証言によれば、この両者が、後述する訴外山王木材の取締役となつたことが認められる。)が右組合の責任者であつたこと、そして控訴人は、終戦後復員してきてから同組合の職員となり、自己の希望によつて北海道に駐在し、昭和二一年春頃、同組合札幌出張所主任となり、道産材の買付、集荷及びその移出に関する業務に従事していたこと、その後、昭和二三年一一月頃、訴外山王木材が北海木材組合を吸収してからは(法律的にいかなる型態の合併、吸収であるかは明らかでない。)引き続き山王木材の札幌出張所主任として同様な業務に従事していたこと、さらに、控訴人が独立して木材業を経営するに至つたのは昭和二九年六、七月頃で、それ以前は独立して事業をしたことなく、被控訴人主張の期間、すなわち本件立替金の根拠となる輸送が行われた昭和二四年三月九日(十勝山丸の分。)から同年六月五日(真盛丸の分。)までの間においては、控訴人は、もつぱら訴外山王木材の使用人としてこれを代理して移出組合と取引していたことが認められる。

成立に争いのない甲第一、二号証、乙第二号の一から四まで及び原審並びに当審証人松倉真澄(当審は、第一、二回。)、当審証人山田幸太郎(第一、二回。)、神戸浩二、苫弘の証言中、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信することができず、他にこれを覆すに足る証拠はない。

(自白の取消について)

四、したがつて、本件立替金支払契約の当事者は控訴人ではなく訴外山王木材であるといわざるをえないのであるから、控訴人が、昭和二六年四月三日の原審口頭弁論期日において、本件立替金支払についての債務者は控訴人であると認めた自白は真実に合致せず、また、特段の反証の認められない本件においては、右自白は控訴人の錯誤にでたものと認むべきである。よつて、控訴人が、昭和二七年四月一八日午前一〇時の当審口頭弁論期日においてした右自白の取消は、結局、適法といわなければならない。

(商法第五〇四条に基く主張について)

五、つぎに被控訴人は、仮りに控訴人において訴外北海木材組合(法人であるか否かの点は暫く措く。)及び山王木材の代理人として訴外移出組合と木材運送に関する取引をし、本件立替金支払契約をしたものであつたとしても、控訴人は、右訴外人等のためにすることを示さなかつたし、移出組合においても、控訴人が右訴外人等のために取引していることを知らなかつたのであるから、訴外北海木材組合及び訴外山王木材の代理人としての控訴人に対し、商法第五〇四条但書の規定に基いて履行を請求すると主張するので按ずるに、

当審証人山田幸太郎(第一、二回。)、松倉真澄(第一、二回。)、神戸浩二、苫弘の各証言中には、移出組合にとつては、訴外北海木材組合の存在自体が不明確であり、配船申請も控訴人個人の名でなされ、立替金の支払請求も控訴人個人宛にすれば控訴人から納付されていたので、北海木材組合すなわち控訴人岡田利夫個人と解して決済し、控訴人を北海木材組合の代理人とはみていなかつた旨の供述、北海木材組合が解散してのち、控訴人が訴外山王木材の駐在員となつたとしても、控訴人は、さきに移出組合に加入するときに表示した「北海木材組合駐在員」なる表示を「山王木材駐在員」と改めることをせず、また、当時の輸送統制下にあつては絶対に必要であつた木材販売業者に対する割当証明書、出荷証明書について、控訴人から、山王木材名義のこれらの証明書の提出がなかつたし、依然として控訴人個人の名義で取引されていたので、控訴人が訴外山王木材の代理人であることを知らなかつた旨の供述、移出組合が輸送に関する業務の委託を受けるのは、原則として組合員にかぎるとしていたので、(後には、組合員以外の者の委託をも受けたが。)組合員としての名称変更がない以上、北海木材組合解散後は、岡田個人を取引の相手と考えていた旨の供述及び乙第四号証の一から四までの山王木材宛計算書、乙第一〇号証の、昭和二四年一一月三〇日付、山王木材株式会社岡田勝利宛の立替金支払方依頼書は、山王木材が取引の相手方であるとは知らなかつたけれども、控訴人から、同人と山王木材との計算関係があり、都合がよいから出してくれと要求されて作成したに過ぎない旨の供述があり、帰するところ、移出組合としては、控訴人が山王木材の代理人であることを知らなかつたことが一応推定されるのであるが、次の各証拠等を検討してみると、右推定はこれを維持することができない。すなわち、

成立に争いのない甲第五号証の一、二、乙第四号証の一から四まで、第一〇号証、第一三号証、第一五号証及び当審証人西出末司の証言によつて成立を認めうる乙第五号証並びに当審証人高木唯雄、土居曽佑吉、西出末司、村上亨一、原審並びに当審証人安部安清の各証言と前記一において認定した事実とを総合すれば、

移出組合は、当初、控訴人を北海木材組合(それが法人であつたとすれば、その法人の、民法上の組合であつたとすれば、組合員全員の。)代理人として、同人から道産材移出業務の委託を受けていたこと、移出組合が木材輸送を引き受けるときに委託者から受領することを要する木材販売業者割当証明書及び出荷証明書には、必ず割当を受ける者、出荷する者の氏名が記載されていること(乙第一五号証のように。)、北海木材組合が昭和三二年一一月頃解散したのちにおいては、控訴人の輸送委託にかかる木材についての運送業者の積荷運賃明細目録(乙第五号証)には、荷送人、荷受人として山王木材の記載がなされていることから、本件輸送についての右各証明書中には、被割当者もしくは荷送人が山王木材なることが明記されていたことが推認され、また、北海木材解散後、控訴人が山王木材の札幌出張所主任となつて同社を代理していたことは、道内運送業者に、一般的に知られた事実であり、移出組合の職員、ことに経理担当者の中にも、そのことを知つていた者のあること、さらに、昭和二四年六月頃、移出組合が解散したのち、同組合の一部職員は、清算事務を急ぐのあまり、山王木材が本件取引の当事者であることを知りながら、控訴人個人に対して債務確認書の提出を要求した事実、すなわち、移出組合としては、本件立替金の根拠となる輸送の行われた昭和二四年三月から同年六月初め頃までの間においても、控訴人が山王木材の代理人であること、少くとも、控訴人が何人かの代理人であることを知つていた事実が認められるのである。したがつて、被控訴人の、本項、商事代理人たること不知の主張は、これを採ることができない。

(債務引受の主張について)

六、そこで被控訴人は、本件立替金支払債務者が、仮りに訴外山王木材であるとしても、昭和二五年一月三一日、移出組合と控訴人とのあいだで、控訴人においても本件債務を重畳的に引き受ける旨の契約が成立したと主張するので按ずるに、

成立に争いのない甲第一、二号証、乙第一号証、第二号証の一から四まで、第一〇号証及び当審証人松倉真澄(第一、二回。)、山田幸太郎(第二回。)の各証言に前記五において認定した事実を総合して認められる事実、すなわち、

控訴人において、控訴人個人を名宛人とする移出組合からの昭和二四年一二月一五日付計算書(乙第二号証の一から四までの作成日付が「昭和二五年一二月一五日」となつているのは、「昭和二四年一二月一五日」の誤りであること、当審証人松倉真澄(第二回。)の証言によつて明らかである。)を受け取り、右計算書によつて移出組合から控訴人に対して支払請求があつた際に、自分に責任を持てとは無理なことだというようなことを言わず、ただ、右計算書中、乙二号証の四に含まれていた昭和二四年三月二四日室蘭港出帆の辰春丸に関する夜間割増料金について異議を述べていただけであること、一方、移出組合としては、控訴人が訴外山王木材の代理人であることを諸事情から知つていたとはいえ、控訴人においてそれほど明確には代理資格を明らかにしていなかつたので、移出組合の職員のうちには、控訴人が訴外山王木材の代理人であるかどうか、半信半疑でいた者もおること、そして、移出組合は、前記計算書を控訴人に交付するに先き立ち、控訴人自身からも求められて、昭和二四年一一月三〇日付で、訴外山王木材代表者岡田勝利(控訴人の実兄であること前記認定のとおり。)に対し、控訴人が船積したもののうち未清算分の支払方を依頼していること、さらに、昭和二五年一月三一日付で、控訴人は、移出組合の求めに応じ、住所と控訴人個人の姓名を自署し(この点は、当審における控訴人本人尋問の結果(第一回。)によつて認められる。)、移出組合に対する合計七十六万六千六百八円五十三銭の債務を確認する旨の確認書を作成していること及び本件立替金債権が移出組合から、商船管理委員会に譲渡された旨の通知に接して控訴人が移出組合宛に発した異議申立の書面中には、支払債務者が山王木材であることにつき、何んらふれられていないこと等の諸事実に

弁論の全趣旨(特に記すべきは、控訴人が第一審において訴外山王木材の存在を全く主張していないこと、それが前記自白の取消を適法ならしめる錯誤を否定するものではないとしても、控訴人が全く責任を取る必要がない立場にあつたとしたならば、当訴における控訴人の供述(第一、第二回。)によつて認められる控訴人のような経歴を有する者、職業に従事する者にとつては、極めてぼんやりした態度であつたこと及び第一審において控訴人が訴訟代理人なくして訴訟を進行していたことは記録上明らかであるが、それにしても第一審においては、ただ本件立替金債務の数額を争つていただけである事実。)を総合すれば、

控訴人は、移出組合の要求に応じ、昭和二五年一月三一日、訴外山王木材の移出組合に対する立替金支払債務を重畳的に引き受けたものと認めざるをえない。

当審証人安部安清の証言中には、甲第一、二号証は控訴人に債務を引き受けさせた趣旨の書面ではない旨の供述があり、また、当審における控訴本人尋問の結果(第一、二回。)中には、移出組合の清算事務に従事していた安部安清が最後に「清算事務のけりをつけないと辞めて他に就職するわけにいかぬ。先はきまつているが、何んとかけりをつけてくれ。これは岩田さん(控訴人)に責任のくる書類でないから判を押してくれ。」と言つて債務確認書(甲第一、二号証。)を出したので署名捺印した旨の供述があるが、右はいずれも、前掲各証拠並びに弁論の全趣旨に照らし合せると、にわかに信用することができないし、他に前記認定を覆すに足る証拠はない。

(立替金債権の額について)

七、しかして、成立に争いのない甲第一、二号証、乙第二、第四号証の各一から四まで、当審証人松倉真澄(第二回)の証言によつて成立を認めうる甲第三号証及び原審並びに当審における同証人(当審は第一、二回。)、原審並びに当審証人山田幸太郎(同上。)、安部安清、当審証人苫弘、村上亨一、神戸浩二の各証言を総合すると、訴外山王木材のために移出組合が立替えた昭和二四年三月九日釧路港出帆の十勝山丸の分、同年四月一〇日、五月一六日、六月五日、各室蘭港出帆の真盛丸の分、同年五月二五日小樽港出帆の時津丸の分の船運賃及び船積諸掛金等の合計が、被控訴人主張のように、七十六万六千六百八円五十三銭であることが認められる。

(弁済の抗弁について)

八、控訴人は、右立替金は、すでに控訴人の納付した予納金をもつてその大部分を弁済し、残金は二万二千五百六十九円八十九銭に過ぎない、すなわち、昭和二二年八月二九日、佐呂間港出帆の山村丸に積み込んだ分のうち、訴外遠軽地区林産組合が積み込んだ木材に対する運賃、諸掛金等合計九十四万四千三十八円六十四銭は、すべて同組合が支払うべきものであるのに、移出組合は、右のうち二十百円を遠軽地区林産組合から受領しておりながら、残金七十四万四千三十八円六十四銭を控訴人(当時は、北海木材組合の代理人。)の予納金から不当にも差し引いたものであると主張する。

そして、当審における控訴人に対する本人尋問の結果(第一回。)中には、右主張に副う供述(遠軽地区林産組合において二十万円を支払つた旨の供述を含む。)があり、また、当審証人杉森新八郎の証言によつて原本の存在並びにその成立を認めうる乙第一一号証には、移出組合から直接に遠軽地区林産組合に対して、同組合が山村丸に積み込んだ木材に関する運賃、諸掛金等を請求した旨の記載があるが、控訴人の右供述は、後記各証拠に対比すると、にわかに措信し難いし、乙第一一号証についても、当審証人山田幸太郎(第二回。)の証言によれば、本来は控訴人を通じて北海道木材組合に請求すべきものを、控訴人の要請に基いて、遠軽地区林産組合に対しても請求書を送付しただけに過ぎない事実が窺われるので同号証の存在も、それだけでは控訴人の右主張を認めるに足るということができず、他に控訴人の弁済の主張を肯認しうる証拠はない。

かえつて、成立に争いのない甲第五号証、乙第号証の各一、二、乙第二、乙第二号証の一から四まで及び第一三号証、原審並びに当審証人山田幸太郎(当審は、第二回。)、中野禎三、原審証人村上亨一、当審証人杉森新八郎の各証言を総合すれば、

移出組合は、昭和二二年八月頃、当時、訴外北海木材組合の代理人であつた控訴人から、約八千石の木材を輸送するためD型船(八千石積。)の配船方を要請されたが、当時は、D型船が払底していて、容易に配船を受けられなかつたので、控訴人の了解のもとにA型船(一万八千石積。)の配船を受けることとし、その結果船舶運営会から北海木材組合に対する分としてA型船の山村丸が割り当てられたこと、

右の事情から船腹に余裕のあることを聞いた訴外中野誠三及び訴外遠軽地区林産組合は、自己の、もしくは傘下組合員各個人の木材輸送方を控訴人に依頼し、控訴人もこれを了承して、北海木材組合の責任において輸送することとし、中野誠三には五百三十石余、遠軽地区林産組合には七千九百四十六石の木材を、それぞれ山村丸に積みこませたこと、右訴外人両名は、昭和二二年三月当時、すでに移出組合の組合員ではあつたけれども、右山村丸に関しては、両名とも、移出組合と直接の委託契約をしたことはなかつたこと、すなわち、遠軽地区林産組合としては、山村丸積込みの木材は同組合の組合員各自のものをあつせんしたものであり、同組合としては山村丸による輸送が初めてで、輸送業務がよくわからなかつたため、一切を北海木材組合の代理人である控訴人に委任したこと、また、中野誠三についても、輸送経費は岩田に処理してもらう考えでいたこと(事実上、誰が支払つたかについては証拠なく、控訴人は原審においては中野分についても弁済の抗弁を主張しながら、当審においてはこれを撤回している。)、また、昭和二二年五月頃から、同年八月の右山村丸分までの運賃、諸掛金等は、訴外遠軽地区林産組合が支払つた二十万円を除き、その余は四〇〇円を余すのみで、全部を控訴人において昭和二三年一月二一日までに支払い済みであり、その金額が極めて符合していることから見れば、山村丸に関する船運賃、諸掛金等は、訴外中野誠三、遠軽地区林産組合をも含めて北海木材組合の代理人である控訴人の責任において移出組合にこれが輸送方を委託したものであるので、当然に控訴人からの納付金をもつて移出組合の支払つた立替金に充てられたことが認められるのである。他に、右認定の事実に反し控訴人の主張を認めうる証拠はない。

(債権譲渡について)

九、しかして、原審並びに当審証人山田幸太郎(当審は、第二回。)、の各証言並びに同証言によつて成立を認めうる甲第四号証の一、二によれば、移出組合の訴外山王木材に対する本件立替金請求債権が、昭和二五年六月、商船管理委員会に譲渡されたことが認められ、商船管理委員会が昭和二七年三月三一日に解散し、同年九月二七日、被控訴人国において右委員会の権利義務を承継したことは、法令上、裁判所に顕著な事実である。

(むすび)

一〇、そして、本件立替金の支払期日は、前期認定の事実によれば、本件訴の提起によつても、当然に到来しているものと認められる以上、控訴人は被控訴人に対して船運賃等の立替金七十六万六千六百八円五十三銭を支払うべき義務があるものというべく、右金員とこれに対する本件訴状送達の日の翌日たること記録上明らかな昭和二六年二月六日以降完済に至るまで年五分(本件契約は、運送に関するものとして、本来商行為であるが、控訴人は、商事法定利率によることを主張していない。)の割合による損害金の支払を求める控訴人の請求は正当であるから、これを認容すべく、これと同旨にでた原判決は、結局、相当である。

よつて民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石立三郎 立岩安正 岡成人)

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